N5747Z-3
yihuo11
例によってグロ有りです。苦手な方はお気をつけを。
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青年と犬と、無線通信機

 さして広くもない道があった。

 コンクリートで舗装された、深い山間を走る二車線道路であるが、その上には転々と車が放置され、荒れ放題であった。

 そんな、かつては国道として整備されていた道を一台のキャンピングカーが走っていく。

 知らぬ人間が見れば、キャンピングカー? と軽く首を傾げるであろう、全面を装甲で覆い、タイヤをスカートで護り障害物を払いのけるドーザーを装備した鉄の塊は、ゆっくりとした速度で静かなエンジン音を上げながら進んで行く。

 そこから漏れ聞こえるのは音楽だ。多数の金管、木管、弦、打楽器で構成されたメロディーに合わせて響くドイツ語の低い旋律。

 カーラジオから流されているのは、接続された携帯オーディオプレイヤーより出力された、ド2013 新作 財布
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ツはベルリンフィル交響楽団の演奏する第九・四楽章……言うところの歓喜の歌だった。

 それに合わせ、片手でハンドルを操り、空いた手を窓際に付いて暇そうに運転をする青年が下手な鼻歌を合わせる。

 唯一の道連れであり、青年の相方であるシベリアンハスキーのカノンは、助手席で丸まって寝そべり、旋律に傾けるかの如く厚みがある二等辺三角形の耳をひくつかせている。

 退屈な旅であった。

 信号に捕まることは無く、運転席に居合わせるどちらもが寡黙……と、言うよりも一者は人語を解さない。

 ただ、のんびりと鳴り響くBGMを聞きながら、青年は時折放置されている車両を躱すためにハンドルを切る。

 他に走る物が無いので気楽な物だ。目に入る物はと言えば放置車両とガードレール、そしてその向こうに連綿と広がる山々と緑だけ。剰りにも単調かつ起伏が無いので、青年は目が馬鹿になりそうだなと思いながら低速で車を走らせる。

 ふと外に目をやると、時折放置車両の中で何かが動いているのが見えた。人型で扉を叩き続けるそれは、きっと人間では無いのだろう。

 暇そうに運転を続け、どうしてこうなったのか青年は何となく思い返していた。

 人間が“ああなってしまう”ようになったのは、今年の四月頃の事だっただろうか。確か、桜がまだ咲いていたような気がする。

 人間が突然意識を失ったかと思うと、起き上がって理性を無くし人々を襲う。その者達は人間が大凡生命活動を停止していると言って良い状態でありながらも動き続け、ただただひたすらに生者を襲う。それが子供や家族、他人であろうとも見境無く。

 その兆候が、世に広く発覚するまでに全く無かった訳では無い。外国で奇病が流行っていると言うニュースや、入管がそれを水際で止める為の検疫をやっているといった記事は、毎日飽きることを知らぬように流れていたからだ。

 また、失踪者が多く出て、それと同じく暴力・殺人事件も多数報道されていた。単に四月は変人と犯罪者が増える法則に則っただけだろうと人々は思い、その海外で流行っている奇病とは何の関係も無いと思い込んでいた。

 奇病とは新型のインフルエンザやその辺りの事だと誰もが思い、対応や対策も精々マスクを用意するくらい……。

 そして、日常がある日突然崩壊してこのような常況へと成り果てた。今までは中々に成熟して便利な物だと思っていた社会も、一度揺らぐと崩れるのは簡単な物だ。

 それを象徴するかの如き情景が自分の目の前には広がっている。昔ならば事故車両や放置車両が、僻地の山間部であろうとも長々放置され続ける等と言う事は絶対にあり得なかったであろう。

 かつては多数の車が多くの人や物を運んでいたであろう国道も、今となっては走るのは自分だけ。そして、それに乗るのは一人の人間と一匹の犬。おまけに積まれているのは、一人では一昼夜打ち続けても消費仕切れぬであろう無数の弾丸と武器という有様だ。

 そう考えると寂しい物だな、と思いつつ青年はただひたすらに、極力何も考えないように努力しつつ車を走らせる。本当は対向車も何も無いので、誰憚ること無くかっ飛ばしたいとは思うが、時折落下物があるので危なっかしく速度を上げることは難しい。

 荒れ放題であるが故に、運送トラックからこぼれ落ちたであろう段ボールや家電、建築資材等の障害物には事欠かない。不用意に速度を出すと、ガードレールを突き破って森にダイブすることになりかねないのだ。

 普通ならば狭い市街を走るような速度で、青年はいらつく事も焦りもせず、淡々とハンドルを操る。

 もう真冬と言って良い時期なのだが、今日は日が良く照って暖かい。優しい陽光がフェンスで護られた窓から格子状に差し込み、熱を与えてくれる。恐らく、同じように光を浴びているカノンはさぞ暖まっていることだろう。

 不意に、丸まった柔らかそうな体に顔を埋めたくなる衝動に駆られるが、青年はぐっと押し込めて視線を前に固定した。

 それに、犬の毛というのは見た目よりも結構硬くてごわごわしている物だ。おまけに、水は無駄遣い出来ないのでお互い少し汚れているので、あまり気持ちは良くないぞ、と自分に言い聞かせる。

 BGMがそろそろ最も盛り上がる、誰もが知っている小節に入ろうとした頃、青年は腕時計をちらと見やって時刻を確認する。

 時刻は短針と長針が近づき合い、そろそろ盤上のⅫの上にて抱擁を交わさんとしていた。

 もう昼かと思いながらも、最近は一日二食で通しているので車は止めない物の、そっと助手席……そのダッシュボードの上へと手を伸ばす。

 そこに置いてあったのは古びたアマチュア無線機であった。通信範囲が広いだけが取り柄のオンボロ型落ち無線機で、かつては車に乗っている間の暇潰しとして、何処の誰とも知れない人間と会話するのが流行った時期の遺物だ。

 と、言ってもその流行は殆どアメリカでの物なのだが。

 青年はスイッチを弾いて入れると、甲高いノイズが小さな音で入った後、砂嵐のような音だけが流れ始める。

 それを聞きつつ、片手でハンドルを握り、もう片方の手で円形のつまみを操作して周波数を手繰る。合わせる周波は、本体に貼り付けてある大判の付箋に書かれた数値だ。

 適当に捻り、後はちらちらと視線を其方に送りながら周波数を調整する……次第にノイズが収束し、クリアになって行き、最終的には音が消えた。

 周波数がメモ書きの物と一致した事を確認すると、青年は受話器を取り上げて声を掛ける。

 「テステス、……聞こえたら応答を求む」

 単調で極めて棒読みな声音で話しかける。反応は無いが、青年は暫し待った。

 すると、何かを引っかき回すような音がスピーカーから鳴り、一度ノイズが響いた後で声が続いた。本体が調整と手入れ不足のせいで引き起こる、ひび割れた音であった。

 『はいはい、こちら大阪の某複合ショッピングセンターだよ。どちらさま?』

 ひび割れて、ノイズが混ざっていても声の主が若い女である事が分かった。気軽で明るい調子の声の主は、急いで通信に応じたのか、呼吸が少しだけだが乱れていた。

 「私だ」

 『おお、名無し氏ではないか。久しぶりー、長野の方はどうだったー?』

 脳天気な声を聞きながら、青年は放置車両を避ける為に乱れた軌道を描いて車を動かす。運転免許を取って二年にしかならないが、飽きるほど走らせると慣れる物だなと思いつつ答えた。

 「大した物は何も無いな。死体と放置車両、それと偶に自衛隊の装備なんかを拾えた程度で生存者は殆ど見なかった」

 『そか、やっぱどこも似たようなもんかー……つか、通信可能域入ったって事は、もう大阪近い?』

 ちらとカーナビを見やると、そろそろ長野の県境を抜けて、地方的には名古屋に入ろうとしている。

 渋滞に捕まらないだけで、さして速度を出していなくても移動は捗るだなとつくづく思いながら、進路上に転がっていた死体を避けた。踏みすぎると血が駆動部に掛かってへたるので、例え面倒くさかろうと避けた方が良い。

 「そろそろ名古屋だな……来る時も通ったが、人気は全くない」

 『名古屋かー、お土産に味噌持ってきて欲しいねぇ、他は鶏とか。つか、名無し氏、こっちに会いに来てよー。通信繋がった事自体一月ぶりくらいだしー』

 そう言われ、この喧しい通信相手の事を思い出す。大阪でうろちょろしていた頃、何とも無しに無線機を付けてみたら繋がったというだけの間柄で、互いに情報を交換したりしていることくらいしか接点は無い

 しかし、ふと思えばこの距離でどうやって大阪からの電波を受信できるのだろうか。日本は狭いが、指先で一またぎ出来るのは世界地図の上だけでの話しであり、実際には中々の距離がある。

 とはいえ、無線の事など門外漢なので詳しいことは考えても分からないし、聞いて説明を受けたとしても……理解することは難しいだろう。。

 この明るい声の女とは半年くらいは連絡を取り続けていたので、全く以て他人……とも言い切れない微妙な仲だった。今で言うネット上での友人に近いのだが、そう言うには何とも歪だった。

 此方が黙っていると、女は何を思っているのかは知らないが更に言葉を続けてくる。まるで、黙ったら死ぬというようなゲッシュでも結んでいるかのようだ。

 『そもそもさ、私、名無し氏の名前すら知らないんだけど。この名無し氏だって、苦肉の策で付けたニックネームだしさぁ。いい加減教えてよー』

 「別に名前なんてどうでもいいだろう。大勢の中から個体を認識するだけの記号で、結局この周波数で其方と話すのは私だけなんだから、私は私で十分だ」

 『何それ、厨二くせぇー』

 げらげらと通信機の向こうで女人にあるまじき下品かつ大胆な笑い声が聞こえてくるが、それでも男は黙殺した。

 女は笑い過ぎて息も絶え絶えだが、ある程度笑いが落ち着いたのを見計らうと、今度は青年から話題を切り出す。しかし、今の台詞の一体何処がツボに入ったというのだろうか。

 「其方はどんな具合だ」

 『んー? 楽しい事も新しい事も、なーんもないよ。昨日も明日も明後日もー♪ 毎日缶詰やんなっちゃーう』

 調子っ外れな節を付けながら声の主は歌うように言い、更に切ること無く言を繋げる。それにしても、この女は話す切っ掛けを与えると際限なく話し続けるな。

 『最近は近くのパトカーから弾とかてっぽーも取り尽くしたからねぇ。食料品売り場の物も枯渇し始めててんてこ舞ーい。

 試しで作ってる菜園からもあんまり作物は取れないし、食べられる生き物つっても危険無く狩れるのは鳥くらいなんだけど……鳥は危ないからねぇ。

 もっと遠くに出てアイテム探そうぜ派と、節約して引き籠もろうぜ派で喧々囂々って感じかな』

 凄まじくアバウトかつ要点を得ない報告だったが、大まかに常況は理解できた。

 この女はショッピングセンターに居ると言ったが、正確には大阪のとある都市にある大型複合ショッピングセンターに二〇〇人近い人間と共に立て籠もっているらしい。

 現代の人間でも意外とジョージ・A・ロメロに毒されている人間は多いようで、このような事態になって世が混乱した時、大勢が集まってショッピングモールに立て籠もったそうだ。

 存外古い映画だが、結構見られているのだなと、密かにファンであった青年は嬉しく感じる。かといって、何の役にも立たないのだが。

 伝聞系の情報が多くなってしまったが、仕方が無いだろう。なにせ、無線機でしかやりとりが出来ないので聞いたことしか知らないのだから。

 ショッピングセンターに立て籠もるのは、生き延びる為の方法としては最良に当たるだろう。物資もあれば食料もあるし、スペースも広い。上手く区分け出来れば一つの共同体として活動出来るはずだ。

 が、しかし……それはあくまで、物資が充足して、満足に配給出来ている場合に限る。

 物資が枯渇すれば共同体はまともに活動しにくくなり、諍いが産まれる。そして、食料が少なくなっただけで、その小さな種は、いとも簡単に内乱へと芽吹くのだ。

 小さな諍いや喧嘩の結果、共同体から単なる有象無象が寄り集まった群衆へと変化すれば……その結末は想像に難くない。

 『私はあれだよー、通信機で生存者探したり、適当に設置した監視カメラ見てるだけの簡単なお仕事だからいいんだけどさぁ……拳銃拾って持ってる若いのは本当に血気盛んで……』

 「お前さん、まだ十代だって言ってなかったか」

 『ええ、紛れもない十代ですよ? 硝子の十代!!』

 「ああ、おばさんだな、言語センス的な意味で」

 うっせーやいと大声での批判が飛んできて、スピーカーの音が盛大に割れた。それに驚いてカノンが頭を擡げるが、直ぐに興味を失ったように体へ頭を埋めた。

 『とにかくさー、名無し氏ー、家来てよー。ついでにたっけてよーう』

 「半年前から延々聞いてるが、こっちも余裕が無い」

 言い切ったが、実はそんなことは無い事を青年は自覚していた。

 後部を見やると無数の木箱が生活スペースを圧迫するように置かれているし、実は硬質密閉ケースで屋根にも武器が入った物が幾許か括り付けてある。

 弾は膨大過ぎて数えていないが、武装だけは嫌になるほど充足している。全て、死んだ警察官や自衛隊員、放置された軍用トラックから残さずかっぱらってきた物なので、コストと言えば、運ぶ労力くらいの物だ。

 恐らく、女の話を聞く分にはショッピングセンターの戦える人員全てに配っても余るほど火器は充実している。だが、それで相手を助けても自分に利益は無い。むしろ害になるだけだ。

 何故そう思うのかというと、極限状態に置かれた人間が何でもするというのを、青年は嫌というほど見てきたからだ。

 彼等は自分が武器と頑丈な移動手段を持って揚々とやってくれば、自分を殺してそれらを奪うだろう。多大な利益を与えること無く、それを与えて貰える訳が無い事を分かっているからだ。

 だまし討ち、伏撃、歓待すると見せかけての毒殺……油断はトイレででも出来ない生活が始まる。それが容易に想像出来た。

 自分とカノンが生き延びるのが、青年にとっての最優先事項だった。このキャンピングカーは、青年にとってのカルネアデスの板なのである。

 カルネアデスの板とは、法律で用いられる緊急避難の例えだ。船が沈み、自分は自分一人なら何とか浮かんでいられる板にしがみついている。だが、もう一人がしがみつけばその板は沈んでしまう……。

 そんな時に、その他人を蹴落として殺してしまっても、罪にはならない。そんな話しだったが、正にこのキャンピングカーは大洋をたゆたう一枚の板なのだ。手放せば、青年はそのまま沈んで死んでしまうだろう。

 他人に話せば、それは強迫観念だの、人間は助け合えるものだと説得されるかもしれないが、青年にはそう思えなかったし、その実例も嫌というほど見ていた。

 だから、青年はこの板を死んでも離すことは無いだろう。

 万一、ショッピングセンターに身を寄せるとすれば…………。

 「其方が安定して、私を受け入れられるくらいの余裕が出来たら寄せて貰うかもな」

 襲ってまで物資を手に入れようとする貪欲さや、それを生み出す逼迫感が無ければ交渉も出来なくは無いだろう。だが、今の時点では死んでもご免……と、言うよりも自傷行為に近い。

 『ちぇー。でも、何時でも待ってるからね。

 ああ、名無し氏は缶詰好き? 最近はほんっと缶詰ばっかでさー。たまには美味しい物食べたいよー』

 「私は自衛隊の糧食ばっかりだな……味が濃くて旨い。乾パンのジャムも慣れれば割かしいける」

 『ぬぁー、ミリメシ羨ましいぃー! 私も鶏飯たーべぇーたぁーいー!!』

 地団駄を踏む雑音がちらちらと聞こえてくる……それにしても、若いし明るい語調の女なのに、無線を弄れたりミリタリー関係の知識があったりと変な女だ。

 「探せばあるだろう、自衛隊の放置車両くらい。上手く行けば小銃も拾えるぞ。

 大阪なら伊丹まで出向けば、第三師団の駐屯地だってあることだしな」

 『近くには無いんだよぉーう。それに、人が居る気配をどうやって察してるかは知らないけど、近所に山ほど集まって来てるしぃ』

 青年が絶えず、では無いにしろ頻繁に移動している理由にはこれにあった。連中……あえて分かりやすく言うが、歩く死人共はどういう訳か人間が居る場所に集まってくる。

 何度も間際で見て壊しているから分かるが、それの目は白濁して腐れていたり、脱落して暗い眼窩が覗いている事が多いので、まず視覚から情報を得ている事は無いだろう。

 連中は音に敏感で、大きな音は過敏に反応し、例え小さな音でも、それしか断続して鳴る物が無ければ反応して遠くからでものろのろとやってくる。それで、青年は発電機を剰り使いたがらず、エンジンも移動する時しかかけないのだ。

 だが、反応する物が音だけかというと、そうでもない。青年が普段愛用している靴は、分厚い軟質ゴムが靴底に張られた軍用のブーツで、足音はかなりゴムに吸収されて小さくなる。だが、それでも連中はめざとく此方を見つけて追ってくるのだ。

 かなり気をつけて歩いてもやってくるので、青年は臭いが原因ではないのかと践んでいた。

 推測の域は出ないのだが、恐らく、ホルモンか何かで同類か、それ以外の食べ物かと区別しているのだろう。

 全く、無駄に高性能で嫌になるな、と嘆息しつつ、青年はアクセルを踏み込んだ。走っている国道は長い直線に入り、ここから見える限り地平線まで障害物は無い。

 カーナビのモニターを見やると、今の地平線まで見える直線が終わって暫くすると、長いトンネルにぶち当たって、また深い山の合間に戻るので通信は断絶してしまうことだろう。

 どうやら色々と改造して、無線を強化しているのだろうが……こちらは古いアマチュア無線で、良く大阪まで届いているなと思う位なのだ。障害物に挟まれれば、直ぐに通信は断絶するはずだ。

 「そろそろトンネルに入るが、その前に言っておくことは?」

 『んー、特に思いつかないけど……気をつけてーってのと、お土産よろしくー? かな』

 脳天気に言われても、青年は自分のリズムを崩さずに返す。この女性と青年では、人生の芸風が大きく違うのだろう。

 「だから、そっちには行かないと何度言わせれば。気が向いて暇だったらまた通信を入れる。以上」

 『うーい、気長に待ってるよぉーう。それじゃ、オーヴァー』

 通信を切るのは向こうからでは無く、此方からだった。付けた時と同じように、片手を伸ばして電源を弾いて消した。スピーカーから一度、電波が途切れる音が響き、後は完全に沈黙する。

 再び、BGMのクラシックだけが流れる静かで穏やかな空間が運転席に帰ってきた。青年は深い溜息をつきながら、速度を少しずつ落としていく。地平の向こうにカーブが見えてきたからだ。

 トンネルを越えて、山を幾つか抜けた頃には……何かマシな物があればいいが。

 そう思いつつ、ただキャンピングカーは走っていった。










 鮮烈な橙の光を浴びて、全体が淡いオレンジに染まったサービスエリアがあった。簡単な給油所や食堂に土産屋等を兼ねた建物と、広い駐車場を抱えた、車にて旅をする者達の休憩場だ。

 時刻は夕方に差し掛かり、日が山の稜線へと沈みつつあるそこで、一台のキャンピングカーが停まっている。装甲が施された青年のキャンピングカーであった。

 青年はジャケットを着込み、キャンピングカーの上に居た。天窓から這いだして武器を片手に周囲を眺めている。

 車の周囲には、無数の影が蠢いていた。夕日が差し込んで陰影がはっきりした駐車場に、疎らに散った死体共が頭を揺らしながら青年へと向かって歩いている。その数は概算でだが、20~25体ほどであろうか。

 「さして多くないが……いいか」

 青年は呟きながらジャケットのポケットに手を突っ込み、ある物を取り出した。キッチンタイマーであった。白い卵を象ったキッチンタイマーで、どこにでも有りそうな物だった。

 軽く操作し、十秒後になり始めるようにして、音量のつまみも最大まで捻り上げる。これで、スイッ
チを押した十秒後には凄まじい電子音がタイマーから上がるはずだ。

 青年はタイマーを起動させ、アンダースローで優しく駐車場の、比較的車が無いところへと放った。

 からからと軽い音を立ててタイマーが地面を転がっていき、その内車から一〇メートルほどの距離で止まった。

 そして、十秒の後にしっかりと作動して、けたたましい音を立て始める。すると、ふらふらとキャンピングカーの上に立つ青年へと向かっていた死体達が、一度立ち止まった後で一様にキッチンタイマー
へと向きを変え始めたではないか。

 彼等は音に敏感だ。音でだけ世界を感じている訳では無いのだが、それでも音に頼っている部分が多数を占めていると青年は分かっていた。

 現に、青年という餌が前にあろうとも、甲高い目障りな電子音を立てる無機物へと彼等は殺到しようとしている。分かりやすい餌よりも、大きな音の方に反応する……感覚の多くを音に頼っている事がよく分かった。

 そして、青年はこの習性を利用して、このような広く、下に可燃性の物が少ない場合はとある掃除方法を行うようにしていた。

 足下に置いてある複数の瓶、その一つを手に取る。大きな洋酒の瓶で、その口は開けられており、コルクの代わりに新聞紙が生えていた。

 モロトフカクテル……火炎瓶だ。オクタン値の高いハイオクガソリンとベンジンを混ぜ込んで作った焼夷手榴弾の一種であり、瓶が割れることにより消えにくい炎が広範囲に広がる。

 そう、音で死体を一カ所に集めて、一気に焼き殺そうというのだ。数が集まるので始末が手早く済み、また弾の浪費も控えられる。極めて合理的な壊し方だった。

 だが、人間ならば直ぐに死ぬだろうが、彼等は人間のように呼吸をしている訳では無い。なので、焼け死ぬまでに中々の時間が必要になる。それに、燃えながらもフラフラ歩き回るので延焼の危険性もあるのだ。

 故に、市街地や山の中のような燃え移りやすい物が多い場所では、この駆除方法は使えなかった。流石に大火事になれば色々と不味い。

 ただ、死ぬのに時間がかかると言っても、別にウェルダンになるまでじっくりと焼かなければならない訳では無い。三分程もすれば脳にも熱が十分に廻ってバタバタと死んでいく。その間に此方へ寄ってこられなければ良いだけだ。

 キッチンタイマーへと死体共が群がるのを眺めながら、その数が十分な数に達したと見ると、青年はポケットからジッポライターを取り出した。

 金色の本体に胡蝶がレーザー刻印された美しいライターで、上手に使い込んだのか、金色のくすみ方が絶妙であった。地金の強すぎる反射がくすんで弱り、蝶の意匠が夕日に映えた。

 夕日の光に黄金の本体が溶け、まるで胡蝶が空を飛んでいるように見える。数秒だけ意匠に見とれた後、青年は親指で蓋を弾いた。油の香りが僅かに鼻腔を擽る。

 石を指で回して火花を起こすと、油が染みた火元へと小さな淡い炎が灯った。そして、発火元となる新聞紙に火を移す。

 そうして、出来るだけ高く弧を描くように放り、コンクリートが見えている場所へと送り込んだ。

 火の付いた先端が回りながら光の軌跡を描いて落ちていき……弾けた。

 液体が広がり、ほぼ同時に火が散って広範囲へと燃え移り……死体が燃え上がり始めた。ほぼ全ての死体が範囲内に入っており、足先から炎が昇り、全体を嘗め尽くしていく。

 火が付いて尚彼等は自分たちと同じように炙られて音を潰しつつあるタイマーに群がり続け、意味の無い動きを繰り返す。

 だが、その内にタイマーが溶け、壊れて音を発しなくなった。

 このままでは大変まずいことになる、火が付いたままの死体がキャンピングカーに殺到すれば、自分までもが炙られることになるので……青年は、もう一つキッチンタイマーを取り出して、即座に鳴らしながら死体達の更に向こう側へと放った。

 残響を青年の耳へと残し、夕日を浴びてもう一つの雛を模したタイマーが弧を描いて飛んで行き、燃えさかる死体の頭上を越えて、駐車場のより遠き場所へと落着する。

 そして、身を業火に焼かれながらも死体はフラフラと歩いて行く。ただ愚直に、それしか知らないと言うかのように。

 大きな音へと燃えながら引きつけられ、本来狙うべきである青年よりはずっと離れていく。そして、戻る前には……。

 脳が煮立ったのか、死体達はどんどんと斃れて行き、最後には嫌な臭いを上げて燃える腐肉の塊だけが駐車場に残った。

 青年はそれを無感動に眺めながらライターをしまい、足下へと置いてあった短機関銃へと手を伸ばす。大きな減音機を銃口先端に備えた、警察の特殊部隊が持っていたであろうと思われるMP5A5であった。

 スリングで短機関銃を肩に引っかけ、青年はキャンピングカーの内部へと戻る。普段と同じようにカノンが静かに彼のことを待っていた。

 きっと、青年が上で掃除をしている間中、静かに座り込んで天窓を眺めながら、青年の帰還を待っていたのだろう。

 青年がカノンの頭を撫でてやると、大きな雌犬は喜ぶかのように目を細め、もっとと強請るように手を頭に押しつける。

 暫く撫でてやった後で、青年は武装を確認した。服装は普段着……スラックスとシャツ、そしてベストを着込み、その上にジャケットを羽織っている。全身を黒で統一したその姿は、青年からすると何かしらのこだわりでもあるのだろうか。

 身に纏うのはそれだけではなく、ジャケットの上から体を護るように纏う黒いベスト……様々なポケットやホルスターを備えた防弾ジャケットがある。小さく日の丸が縫い付けられているそれは、銃と同じく警察の放置車両から拝借した物だった。

 ベストのホルスターにはM360―SAKURAがねじ込まれており、よくみれば右の腿にもベルトに通し、ぐるりと腿を巻くベルトで保持するホルスターを装備しており、そこには自動拳銃が差し込まれていた。

 映画や漫画でおなじみの、丸みのあるスライドが特徴の自動拳銃、M92Fであった。9mm弾を装填できる軍隊御用達の自動拳銃であり、これは米軍の物らしき死体から失敬した物だ。

 MP5とは弾丸に互換性があるので、万一MP5が壊れた時もマガジンから弾丸を抜き取って使えるので、組み合わせとしてはバランスがいい。気になる点と言えば、日本人向けの設計では無いので、ダブルカラムマガジンを飲み込むグリップが青年の手には些か大きすぎ、発砲音が大きい点くらいだ。

 だが、万一追い込まれては発砲音など気にしてはいられない。速射性能と装弾数、そしてマガジンチェンジの用意さが大切になってくる。なので、かさばろうとも青年はサイドアームを二つぶら下げていた。

 後の武装と言えば、腰裏でベルトに通してぶら下げたマチェットくらいだろう。これは何処で見つけたかは忘れたが、気がついたらあったので最初からキャンピングカーに積んであったのかもしれない。出来れば連中と近接戦闘はしたくないが、それでも弾が切れた時の事を考えると持っていた方が良いし……何か障害物があった時、壊すのにも使える。

 ガチャガチャと身につけているが、大抵の物は布製なのでこすれ合っても大きな音は立たず、少し苦しい程度のタイトさで締めているので動く時にぶらついて邪魔になると言う事も無い。

 武装が全て完全に固定されていることを確認すると、青年はMP5のエジェクションスイッチを押してマガジンを取り出し、きっちり弾丸が詰まっていることを確認する。

 鉛色の弾頭を覗かせた9mmパラベラム弾がランタンの光を反射して鈍く光った。暴力の力を秘めた鉄が、静かにその存在を誇示するのを見て満足した青年はマガジンをMP5に叩き込む。

 そして、チャージングハンドルを引いてチェンバーに初弾を装填、無機質な音を立てて薬室へと弾丸が送り込まれ、各部がしっかりとかみ合った機械音が鳴り響く。青年は指でセレクターを弾き、セーフティーから単射へと変更した。

 後は、引き金を絞るだけで鉄の暴威は、正確に音よりも早く飛翔する。

 「行くか、カノン」

 言いつつ扉に手を掛けた青年へ、犬は小さく吠えて答えた。

 静かに扉が開かれ、斜陽の光が差し込んでくる。目を焼く淡い光に双眸を細ませながら、青年は腐肉が焼ける気味の悪い臭いの漂う駐車場へと降り立った。

 嫌な臭いはするものの、動く影は他にはない。時折、扉の閉じた車両の中で、何かが反抗するように窓を殴る姿が見える程度だ。

 出来るだけ足音を立てぬよう体重移動に気をつけながら青年は足を踏み出した。目指すのは給油スタンドだ。燃料にまだまだ余裕はあるが、補充できるのなら出来る時にして置いた方が良い。

 それに、空のジェリ缶が二つあるので、その中身を満たしておきたかった。蓄えは出来るだけ沢山欲しい。例え欲深と言われようとも。

 静かな駐車場を歩くが……何も居ない。ただ、自分と、その傍らを爪が地面に当たる小さな足音を立てながら歩くカノンが居るだけだ。

 スタンドの中は全く無人であった。車を乗り入れるスペースにも、様々な商品を置いた建屋にも誰も居ない。

 しかし、それでも青年は気を緩めること無く歩を進め、一番手近にあるスタンドの給油機へと近づいた。運転手自身が操作し、給油し終わった後に料金を支払う、何処にでもあるセルフサービス型の給油機だ。

 青年はその給油機を見て小さく舌打ちをした。こうなってから既にかなりの時間が経っており、電気の供給が止まって久しい。この型の給油機では、電気が無ければ幾らレバーを引いてもノズルからガソリンは出てこない。

 恐らく、地下に備えられているであろうタンクへ行けば直に吸い上げられるかもしれないが……。

 これが災害時対応用のガソリンスタンドであったならばなと、青年は舌打ちを我慢しながら、今度は土産屋や食堂が入った建物へと足を向けた。

 だが、やはり自動ドアも動かず、目に見える場所にノブで開くドアは無かった。恐らく裏口に回ればあるのだろうが、そちらには鍵が掛かっているだろう。

 あまり大きな音を立てたくは無いが……仕方ないか、と青年は溜息を一つ零した後で、ある物の方へと向かった。

 灰皿だ。スタンド型の灰皿で、上には水をため込み、そこに吸い殻を捨てるようになっている、良くある型の灰皿であった。

 青年は灰皿の横に立つと、おもむろに灰皿を持ち上げ……自動ドアへと放り投げた。

 灰皿が頭からドアへと突っ込み、自動ドアの硝子が弾けて割れた。硝子の割れる嫌な音が響き、硝子が割れたサッシの間には大穴が産まれた。新しい入り口だ。

 マチェットで縁の硝子を払い、自分が先に中へと進入して足先で散らばった硝子を蹴散らす。カノンへの配慮であったが、カノンは何て事無いと言わんばかりに砕けた硝子を踏み越えて青年へと並ぶ。長い間外で暮らした彼女の肉球は、硝子すら通さぬほどに硬化していたのだ。

 さもあらん、犬は元々狼が家畜化された物だ。彼等は本来、外の山や荒野で生きていた種族である。小さな鋭い石等を践む度に出血してはやっていられまい。

 青年がカノンを見下ろすと、勇猛な雌犬は、何かあったのかと問うような瞳で見上げてきた。

 それに青年は何も言わず、視線を前に戻して硝子を踏み散らしながら前に出た……。

 建物の中は明かりが消えていて、日の光が斜めに差し込む以外の光源は存在せず、非常に薄暗かった。

 自分が入った入り口の向かいに土産屋があり、その奥に食堂がある。青年は迷わず土産屋へと向かった。

 食堂にはろくな物は無いだろうと見たからだ。冷凍食品などを解凍して提供するのだろうが、電気が止まっているので冷蔵庫の中身も当然手遅れだろう。缶詰でもあれば御の字と言うところだが。

 その分土産屋には生物以外ならまだ食べられそうなものが多分にある。土産としてよくある、こじつけのようなネーミングの菓子や、真空パックの食品などが残っているはずだ。

 予想通り、さして広くない店舗の棚には、土産物である菓子が山ほど残っていた。大抵は半年以上経っていても持つ物ばかりで、青年は適当に腹を満たせそうな菓子を物色して手近にあった買い物籠へと放り込んでいく。

 よく分からない饅頭や、甘ったるそうなゴーフレットに妙ちくりんな煎餅等のような色物ばかりだが、今は胃に入って消化でき、栄養に出来るだけで十分すぎるほど貴重だ。

 ただ、生物を保存していたであろうフリーザーの辺りには近寄りたくない。カノンは決してその方に鼻面を向けず、青年ですら辟易するほどの腐敗臭が漂っていたからだ。

 この鼻を刺激する不快な香りは、恐らく魚などの生物が腐敗した臭いだろう。人間が腐ったのとはまた趣の違う腐臭がした。

 サービスエリアにある土産屋特有の雑多さを楽しみながら棚の間を彷徨いて食料を集める。また、コンビニを兼ねていることも多い土産屋にはドリンクコーナーもあり、保存食料ばかりで華の無い食生活に彩りを添えるソフトドリンクも残っていた。

 ペットボトルや缶に入っていれば数ヶ月程度では劣化しないし、万一賞味期限が切れていても未開封なら後半年は行けると、青年は経験から分かっていた。

 某国での国民飲料的扱いを受ける炭酸飲料や、薄めて飲む飲料を最初から薄めてボトルに詰めた乳酸飲料。他にはサイダーやオレンジジュースなど、適当に籠に詰め込んで廻ると、次第に運ぶのがおっくうな重さになり始めていた。

 欲張りすぎは良くないが、後何往復かして飲料程度は確保して置いた方が良いだろうか。

 しかし、武器を持って金も持たずに籠に荷物を詰めていると、ちょっとした強盗のような気分にさせられるなと、青年は飲料を物色しながら少し愉快な気分になった。

 だが、そのおかしみは直ぐに打ち消される。カノンの小さな鳴き声によってだ。

 普段は鳴かないように言い聞かせているカノンが鳴いたということは……。

 青年は咄嗟に籠を下に置き、スリングで背の方へと廻っているMP5より抜きやすい位置にあるM360を素早く抜き放ち、カノンが居る方へと身を回した。

 低いうなり声を上げて警戒するカノンの目線の先に、一体の死体が居た。それの位置は食堂の奥であり、影に隠れていた。

 まだ遠いので青年には気づけなかったのだ。どうやら、アレだけが出てきていると言う事は、此処にいた死体は駐車場にてフランベされた物で殆ど全てだったのだろう。

 青年はまだ余裕がある事をみてM360をホルスターへと戻し、MP5を手に取った。距離は二〇メートル近いので拳銃で狙う距離では無いからだ。

 素早く肩付けに構え、サイトを覗き込む。狙うのは頭だ。連中は足をもごうが、腕をちぎろうが止まること無く向かってくる。腹から下を失っても何の問題も無く、臓物を撒き散らしながら這いずり続ける。

 連中の中枢は頭だ。それも、恐らく脳か脳幹であろう。そこを潰さない限り連中は首だけになっても動き続けるはずだ。

 サイトの向こうに見えるのは、距離を除いたとしても小さな体躯であった。身長約一二〇センチ足らず……子供だ。顔は腐り、肉が削げて鼻が無く、眼窩は既に暗い穴が無謬の闇を湛えているだけへとなっているが、それは確かに子供だった。

 身に纏ったシャツと半ズボンから、恐らくは少年だろう。髪までも殆ど頭皮ごと腐り落ちているので、それくらいでしか性別が判断できなくなっていた。

 ふと見れば首の辺りが酷く損壊している。恐らく、捕まって喰われて……同じようになってしまったのだろう。

 哀れだと思いつつも、青年が示したのは慈悲の抱擁でも悲しみの涙でも無く、単なる敵意であった。サイトの中央に額を捉えると、そのままトリガーガードに添えてあった指をトリガーへと運び、迷い無く絞る。

 何とも間抜けな、圧搾した空気が漏れる音が一回響き、サイトから見えるマズルフラッシュの輝きのその向こうで少年の、否、死体の頭が、がくりと弾けるように後退した。  9mmの弾丸が、狙ったとおりにしっかりと飛翔して額を砕き、その後頭部から腐れた脳漿をしっかりとぶちまけたのだろう。死体はそのまま仰向けに倒れ、数度痙攣した後に完全に動かなくなった。

 死体が倒れる音と、薬莢が床に転がるのは殆ど同時で、鈍い音と甲高い金属音が同時に青年の耳朶を打った。どちらも……あまりにも空しい反響だった。

 数秒間死体を凝視して、もう動かない事を認識すると、青年は銃を下ろして薬莢を拾った。

 薬莢を神経質に拾ったり、車上で撃っても投げ捨てずに天窓へと放り込むのには理由があった。薬莢には再び雷管を付け直して火薬を詰め、弾頭を装備すればまた撃てるからだ。

 日本では薬莢の管理もしっかりするように猟銃のマニュアルには書いてあり、ハンドロードするための機材も売ってある。再利用した方がコストも掛からないし、青年としても数が多くあったとしても、出来るだけ大切に使っていきたかった。

 火薬滓で濁った薬莢を眺めながら、青年は小さく溜息をついた後で、唸るのをやめて静かに押し黙ったカノンへと目を向ける。そして言った。

 「適当に回収したら、夕飯にするか」

 それに答えるようにカノンは小さく鳴き、青年は銃を肩にかけ直し、籠を手にした。

 もう、何も考える事は無いと、自分に言い聞かせながら食料で満杯の籠を片手に青年は表に出る。

 日はもう殆ど完全に陰って山の稜線を淡くオレンジの光で染めるだけになり、ほの白く注ぐ月の光が駐車場をうっすらと照らしている。

 それ以外に光源は無いので、かなり暗い……青年はマガジンポケットの隙間へとねじ込んでいたハンディライトへと手を伸ばしつつ、空へ顔を向けた。

 上では、ほの白い貌を覗かせる夜の女王がビロウドの舞台に座し、その周囲を取り巻きの数少ない従者達がちらちらと輝いている。明かりがかなり減ったので星がよく見えるようになったなと思いつつ……青年はライトを付けてキャンピングカーへと歩を向ける。

 「カノン、今晩は何味がいい?」

 ただ、空に鎮座する女王が、地上にて這いずる彼等を嘲笑うかの如く、静かに輝き続けていた…………。
************************************************
 と、言う訳で間が空きましたが三話です。遅筆な上に忙しいので、ちまちまとしか投稿出来なくて申し訳ありません。

 それと、感想ありがとうございます。色々と直さないと行けないところがあることが分かりますし、役に立ちます。近い内に返信もしたいので、暫しお待ち下さい。

N2229BM-47
yihuo11
収穫終了

「ハッ!」
 <八百屋>べジーは手にした鉈を振るった。円を描き、敵を叩き切るはずのそれは反りのある野太い刀――野太刀と呼ばれるそれに受け流される。
 しかし、複数の上級兵種を取得し、極限まで鍛え上げられたべジーの膂力は、完璧に受け流したはずの<剣銃兵(ガンソード)>の体勢を崩すことに成功していた。

「食らえッ!!」
 U.S.AS12――アサルトライフル型散弾銃――をフルオートマチックでぶっ放した。毎分360発――1秒間に6発もの散弾を撒き散らす。

 が、剣銃兵は背中に回していた長方形盾(ヒーターシールド)を前面に掲げることでそれを防いだ。暴徒鎮圧用のジェラルミンや強化プラスティックのそれと違う、戦車や装甲車にも使われる重厚な複合装甲板であった。

 盾を掲げ、突進する剣銃兵。

「チッ……」
 このまま接近されるのは面白くない。べジーは<ステップ>を用いて離れる。

 着地する寸前、装甲板に空いた小さな銃眼から何かが飛来するのに気付く。

「――ッ!!」
 スキルの勢いを自慢の脚力で無理矢理相殺し、体を丸めながら横っ飛び。爆音。背中を襲う爆風とニューバランス 1700
ニューバランス m1300
ニューバランス 1400
無数の金属片。

 べジーは近くのドアを突き破り、屋外へと逃亡。

「ハァ、ハァ……何なんだ、あの、ハァ……兵器は……」
 恐らくは高位の生体兵器素材から作られた装甲板に、グレネードランチャーをくっつけたものだろう。発射の瞬間だけ、銃眼が開き、銃撃を受けた際の暴発を防いでいる。

 近接戦闘であんなものを出されたら終わりである。こちらの攻撃は一方的に受け止められ、あちらは範囲攻撃(グレネード)で確実に手傷を負わせてくる。自らも巻き込むはずの爆撃は掲げた盾で防ぎ切る。
 閉鎖空間における近接戦闘以外に活躍するシーンはないが、ことこの場では絶大な威力を発揮する。

 ――強くなってやがる……。

 確実に、猛烈な勢いで、<スローター>の手下は強くなっていた。俊敏性や反射神経の向上、判断力は著しく成長し、べジーが一度、新たな戦術を披露すれば次の演習ではそれを確実に押さえ込んでくる。

 加えて新兵器を次々に投入する資本力や開発力は圧巻の一言だ。新機軸ともいえる戦術がべジーに力を抜くことを許さない。

 最近では連戦の疲労もあって、兵士一人を倒すことさえ難しくなってきている。彼が信条とする多彩な武装や複数のスキルによる華麗な戦闘術など見る影もない。今やレベル差、ステータス差によるゴリ押しで戦いを有利に進め、スキル連発、同時併用による瞬間最大火力でもってようやく一人を倒し切っては、地下労に逃げ込むということを繰り返している。

 今日はまだ、その一人さえ倒せていない。


 複数兵種による高AGIと曲芸移動(フットワーク)による超速度で、べジーは<剣銃兵>の戦闘範囲から逃げ去った。

「ガンソードは、ダメだ……あれを使われたらもうどうしようもない……」
 民家を模したと思われる障害物の影に隠れ、散弾銃のマガジンを装填する。

 一回の演習で兵士を一人倒したところで、1000ドル相当の支給しか受けられない。様々な武器を買い揃え、弾薬を大量消費することで高火力を実現する彼にとってその程度の金額では消費した銃弾を補填することもままならない。完全な赤字であった。

 装甲服は被弾によって次々に破損し、残っているのはこれが最後だ。まともな防御力を有する装甲服は10000ドルはする。もしも今日の演習で3人以上の兵隊を倒せなければ、べジーは破滅する。

「くそ、つい先日までお得意様だったってのによ……」
 これまでべジーが戦えて来たのは、剣銃兵がとても御しやすい相手だったからだ。ステータスや個人の戦闘技量が戦況に反映されやすい近接戦闘は、これまで戦闘経験豊富なべジーの独壇場であった。

 どんな手品を使ったのかは分からないが、剣銃兵も恐るべき速度で成長していたが、毎回奴を見つけ出し、圧倒的なステータス差で押し切ることで何とか出来ていたのに、それがあの新兵器――盾型のグレネードランチャーによって覆されてしまった。

「あとまともに殺り合えるのといえば……」
 そこでべジーは絶句した。

 もう、いないのだ。

 <強襲兵(コマンダー)>では、強固な装甲を打ち破る前に重機銃と火炎放射器による莫大な火力で押し潰される。

 <猟騎兵(キャバリー)>の高機動性を捕らえ切るのは困難であり、こちらがもたついている間に迫撃砲とロケットランチャーによる榴弾の雨を食らうだろう。

 <機甲兵(タンカー)>など問題外だ。彼の駆るマイクロ戦車は<強襲兵>以上の装甲と耐久を持っており、加えて車両の周囲にゲージ装甲を張り巡らされており、ロケットランチャーなども通じない。そもそも20ミリ機関砲弾の嵐を前に人間など為す術などない。

 唯一装甲や火力に勝る<狩猟兵(ハンター)>だが、擬装の巧みさと張り巡らされた罠の周到さを前にべジーは演習中一度として彼を見つけられたことがない。

「そんな……馬鹿な……」
 べジーの心が折れかけたちょうどその時、彼の背中を銃弾が打ち抜いた。



 そして、

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最終演習について

今日より5日後、19:00より最終演習を行います。

演習には<スローター>のみが参戦し、あなたとの一騎打ちとなります。

<スローター>は12:00に1,2,3,4番ゲートのいずれかから入場します。
その間に罠を仕掛ける、擬装を施すなど迎撃準備を整えてください。

最終演習への支度金として1000000ドル相当の特別支給が受けられます。
これまで補充可能だった武器弾薬に加え、車両や回復薬なども支給されます。
別紙<追加装備交換レート表:最終演習用>をご参照ください。

またこの期間に限り、添付した食事メニューからお好きな料理を選択することが可能です。
別紙<特別メニュー>をご参照ください。

なお、最終演習に限っては地下室へ戻ることは叶いません。

演習当日、13:00を過ぎても地下室を出なかった場合、不参加と見なし、強制的に殺害いたします。
どうしても参加されたくない場合には鉄格子前に配置した拳銃で自殺なさっても問題ありません。

見事<スローター>を殺害した暁には、全ての武器弾薬、車両、資産を返却し、地下労から解放いたします。

あなたさまの積極的なご参加をお待ちしております。

以上
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 次に目覚めたとき、彼は真の絶望というものを味わった。


N5011BC-61
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第6話 第五日模範試合




 1

「これより優勝者シャンティリオン・グレイバスター殿と、ジグエンツァ大領主領代表カーズ・ローエン殿による模範試合を行います」

 審判長が主催者席に報告した。
 呼び出し係が名を読み上げ、二人の剣士は闘技場に足を踏み入れた。
 圧倒的な実力をみせて優勝したシャンティリオンは、武神の息吹でも浴びたような独特の空気をまとっている。
 いや、そうではない。
 その神業ともいえる武技を披露する前から、シャンティリオンは〈威〉をまとっていた。

 騎士はみなそれぞれの威を持つものだ。
 千人の領民の上に立つ領主には、それとしての威がある。
 百人の兵士を指揮する騎士には、それとしての威がある。
 威のない貴族に平民は心服しない。
 威のない上官に兵士は従わない。
 シャンティリオンは、この男は確かに上級騎士だと思わせるだけの威を、初めから身にまとっていた。

 対するカーズ・ローエンは、まったく威を感じさせない。
 まるで影が起き上がって歩いているような男だ。
 しかしだからこそ、優ブーツ ティンバーランド
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れた武人ならカーズがただ者でないと気付く。
 足音さえさせず、ほとんど気配もなく、空気に溶け込んだように歩くその姿を見れば。

 両陣営の空気の差がおもしろいのう、とバルドは思った。
 ゴリオラ皇国の出場者たちは、カーズのうわさを多少は聞いているのだろう。
 何かをやってくれるのではないかという期待が感じられる。
 パルザム王国の出場者たちは、何やらくつろいだ空気を|醸《かも》している。
 勝負は決まり切ったものと考えているのだ。
 カーズのことを、こんな場で希代の剣士と戦うはめになった気の毒な男、と思っているのかもしれない。

 彼らはすぐに思い違いに気付くことになる。
 だが、それではカーズが勝つかといえば、正直、バルドにもこの勝負のゆくえは分からない。
 カーズは剣に人生を捧げたような男だ。
 場数ではシャンティリオンを問題としないだろう。
 しかし試合のルールの中で、刃引きされた慣れない剣でシャンティリオンに勝てるかといえば、それは分からない。
 バルドにとり、カーズが勝とうが負けようが、どうでもよかった。
 ただカーズがこの対戦を楽しんでくれればいいと、そう思っていた。

 両者の準備が終わり、鐘が鳴らされた。





 2

 不思議なものじゃのう、とバルドは思った。
 シャンティリオンは、細身でしなやかだ、と思っていた。
 それはそうに違いない。
 いかつい武人たちと並べばなおさらそうみえる。

 だが、カーズと相対すると、シャンティリオンの身体は硬さを感じさせる。
 カーズ・ローエンがあまりにしなやかでとらえどころがないからだ。
 これがおかしい。
 カーズはシャンティリオンより上背がある。
 筋肉もしっかり付いているし、一見細身だが骨格たるや猛獣のようにたくましい。
 それなのに、こうして距離を置いてみれば、カーズのほうがたおやかにみえてしまう。
 人によってはそれを弱さの現れとみるかもしれない。

 二人はにらみ合ったまま動かない。
 いや。
 確かにシャンティリオンはカーズの顔をにらみつけているが、カーズはそうではない。
 その目は眠たげに細められ、視線は下方に向けられ、やんわりと敵の全体をとらえている。

 先に動いたのはシャンティリオンだった。
 ゆっくりと右に動く。
 慎重な足さばきで、カーズと一定の距離を保ちながら右に回ってゆく。
 審判長は、視界を確保するためか、微妙に位置を変えながら、二人の様子を見守っている。

 カーズは、だらりと剣を下げたまま動かない。
 いくらでも隙がありそうなのに、シャンティリオンは打ち込まず、さらに右に回っていく。
 カーズの周りを半周して、真後ろの位置に達した。
 初めシャンティリオンが南側に、カーズが北側にいたのだが、ちょうど逆になったわけである。
 剣を左に右にと動かし、微妙に構えを変えながら、シャンティリオンはなおも円の動きを続けた。
 シャンティリオンがさらに四分の一周して、カーズの右側にきたとき、カーズは閃光の煌めきをみせて剣を振るった。

 と思ったのだが、剣を相手に打ち込むことはしなかった。
 けれど、シャンティリオンは、カーズの打ち込みをかわした。
 剣は届いていないのに、まるで剣先が右腕を斬り落としかけたかのようにかわす動作をして、そして反撃に出た。
 五歩の距離は須臾の間に消え、二人はお互いをお互いの間合いに置いて切り結んだ。
 いや、切り結んだというのはちがう。
 ひたすら攻撃しているのはシャンティリオンで、シャンティリオンのほうに向き直ったカーズは、相変わらず剣を下げたまま、それをかわし続けた。

 十数撃に及んだそれは、バルドにはよく見えなかった。
 なにしろ、位置が悪い。
 シャンティリオンの動きのほとんどはカーズの影に隠れてしまうのだ。
 |対《つい》の位置にいるジュールラントも同じ不満を味わっているだろう。

 シャンティリオンは、一歩引いて呼吸を整えた。
 そして、再び右に回転しようとしたのだが、ひょいと動いたカーズの剣がそれを制した。
 またもや、間合いの外側であるのにまるで右足を斬られかけたかのようにシャンティリオンはかわす動作をして、回転をやめた。

 見える。
 シャンティリオンの呼吸が見える。
 今吸った。
 今吐いた。
 だが、カーズの呼吸は見えない。
 シャンティリオンは、呼吸を整えてから再び攻撃を仕掛けるつもりだ。
 カーズが何をもくろんでいるかは分からない。

 再びシャンティリオンが一歩を踏み込んだ。
 それは地の上すれすれを飛ぶような一歩であり、間合いを一瞬にして詰める大きな一歩だ。
 シャンティリオンがカーズに猛攻を仕掛ける。
 先ほどより明らかに速い。
 しかも、突きと半径の大きい斬撃を織り交ぜた、多彩な攻撃だ。
 カーズは剣を上げて防御した。
 だが、剣と剣がぶつかり合う音はしない。
 カーズが剣を送り込んだ位置に、シャンティリオンは決して自分の剣を踏み込ませない。
 結局この攻撃も、カーズはしのぎきった。

 シャンティリオンは、はっきりと荒い息をついている。
 胸と肩が大きく揺れている。
 カーズは相変わらず静かだ。

 シャンティリオンが大きく一息吸って、突進してきた。
 速い、速い。
 振りの半径は小さいのに、どうしてあれだけの速度が出るのか。
 突きから斬撃へ、小さな斬撃から大きく速い斬撃へと自在に変化する恐るべき攻撃だ。
 カーズは大きく身を沈めつつひねり、シャンティリオンの連続攻撃をかいくぐって、その背後に回った。
 シャンティリオンもくるりと振り返ってカーズに相対した。
 この敵に背中をみせればそこで勝負は終わると、シャンティリオンは正しく理解している。

 バルドは今度はシャンティリオンの背中を見ることになった。
 位置を完全に入れ替えたから、カーズが西に、シャンティリオンが東に位置取っている。
 まるで東西に並んで戦わねばならないという決まりでもあるかのように。

 バルドはふと北を見た。
 ゴリオラ皇国の出場者たちが、かたずを飲んで勝負を見守っている。
 その最前列にドリアテッサがいる。
 その視線は、かみつくかのように鋭い。

 そうか、そういうことじゃったのか、とバルドは得心した。
 カーズはシャンティリオンの技をドリアテッサに見せるために、今戦っている。
 だから、ドリアテッサに見やすい角度でしか攻撃させないのだ。

 ドリアテッサは第五部門の準優勝者なのだから、明日の第六部門に出場できる。
 難しいことではあるが、そこで勝ち抜けば、もう一度シャンティリオンと戦う機会が得られる。
 シャンティリオンに勝て、とカーズはドリアテッサにその全身で命じている。

 どうして冷めた男だなどと思ったのだろう。
 こんなにも熱い魂の持ち主だというのに。
 どうして無口な男だなどと思ったのだろう。
 こんなにも雄弁だというのに。
 ただし、カーズ・ローエンは言葉ではしゃべらない。
 あまたの思いを静かに抱きしめ、この男はただ剣をもって語るのだ。

 シャンティリオンが、またも攻撃を仕掛けてきた。
 何も知らずに見れば、シャンティリオンが優勢で、カーズはかろうじてかわしているだけにみえるだろう。
 いま闘技場で起きていることを正確に理解している人間が、いったい何人いることか。

 またも東西が入れ替わった。
 シャンティリオンの放つ殺気で、見ているこちらの肌までがぴりぴりする。
 こいつも存外、熱い男だ。
 シャンティリオンにはもちろん分かっている。
 目の前の静かな男に自分がもてあそばれているということが。

 シャンティリオンがカーズの左肩目がけて突きを放った。
 カーズが剣で自分の左肩の前をなでるような動作をした。
 バルドは、思わず目を細めた。
 カーズの剣が盾のように見えたのだ。

 カーズがシャンティリオンの左足に斬撃を放った。
 その一撃はまったく届いていないのだが、シャンティリオンは後ずさってかわした。
 またもバルドは目を細めた。
 カーズの剣が一瞬ハンマーに見えたのだ。

 シャンティリオンが左に回り込もうとした。
 カーズがその左肩口に一撃を放つ。
 バルドにはその剣が鞭に見えた。

 達人二人の白刃のやり取りを見るうちに、その応酬の中身が見えるようになってきた。
 最初はシャンティリオンの攻撃こそ多彩だと思ったが、今は違う。
 シャンティリオンは剣を剣としてしか扱わない。
 カーズは、そうではない。
 剣以上の何かとして、カーズはそれを振っている。

 シャンティリオンの強さは剣を失えばなくなる強さだが、カーズの強さは剣を手放しても失われない強さなのではないか。
 バルドは、以前、師の流れ騎士から、

「剣をきわめれば、技は不要になる」

 と教えられた。
 技をきわめるために剣を学ぶのだから、それはおかしいとバルドは思い、混乱した。
 混乱した勢いのまま、では技をきわめたら剣は不要になるのですか、と訊いた。
 師は珍しく笑みをみせ、

「そうだ。
 よく分かったな」

 と言った。
 さっぱり分からないやり取りだったが、今、少し分かった気がする。
 カーズがきわめようとしているのは、そういう剣だ。

 斜め後ろで鋭く息を吸う気配があり、バルドはそちらに首を向けた。
 ジュルチャガの、ふだん薄茶色の目が緑色に輝いている。
 最高度に興奮しているしるしだ。
 これから何かが起きる。
 バルドはすぐに視線を闘技場の二人に戻した。

 シャンティリオンの気息が調い、その闘気がじゅうぶん高まったとき。
 今まで影のように静かだったカーズが、突然闘気を放った。
 それはおよそ人が放つような殺気ではない。
 まるで巨大な虎がそこにいるかのようだ。
 その闘気は一瞬だけシャンティリオンを捉えて消えた。

 その闘気におびえたシャンティリオンは、思わず奥の手を出した。
 剣を左に引き、カーズの右胸元がけて必殺の斬撃を放ったのである。
 速い!
 もはやバルドの目にもほとんど捉えきれない。
 しかも胸元に突き込むように打ち込んでくる。
 非常に間合いがつかみにくく、またかわすのも防ぐのも難しい攻撃だ。
 カーズは、わずかな動作でこれをかわした。
 一瞬当たったかと思うほどのきわどさである。
 すかさず、同じ軌道で次の斬撃が飛んだ。

 これほどの速さ、威力の攻撃を、二連撃で放てるとは!
 これもカーズにかわされたが、驚くべきことにシャンティリオンの剣はもう一閃した。
 超高速の三連撃!
 その三回目の斬撃は、ついにカーズの右胸を捉えた。

 ぴたりと剣をカーズの胸に当てたまま、シャンティリオンは動かない。
 カーズもまた、動かない。
 二人の姿は、神話の一場面を模した彫像のようだ。
 闘技場が、水を打ったように静かになった。

 カーズはうまく逃げ続けたが、ついに必殺の一撃が決まった。
 刃をつぶした試合剣ではあるが、このたぐいまれな剣士が振り抜けば心臓を斬り裂いたに違いない一撃だ。
 見た者たちは、そう理解しただろう。

 カーズが柔らかい息をはいて剣を下ろした。
 つられるように、シャンティリオンも剣を下ろした。

 パルザム側の出場者たちから歓声が起こり、嵐のように大きくなった。
 カーズは、そのまま主催者席に一礼した。
 ということは、その前にいるシャンティリオンにも同時に礼をした。
 そしてくるりと振り返り、足音もさせずに戦いの場を歩み去った。
 三本勝負のうち一本だけでもう勝負はついた、との意思表示である。
 審判長は、その意をくみ取り、

「勝負あり!
 シャンティリオン・グレイバスター殿」

 と、宣言した。
 もう一度歓声が沸いた。
 先ほどより大きな歓声だ。
 パルザム側だけでなく、ゴリオラ側からも沸いている。
 負けたにせよ、見事な戦いだった。
 歓声の半分は、カーズの背中に浴びせられている。

 だが歓呼を贈る人々は、今何が起きたのかを理解しているだろうか。
 シャンティリオンの剣がカーズの胸を捉えたようにみえたが、実際はそうではない。
 剣がカーズの胸を捉えたのではなく、カーズが胸で剣をとめたのだ。
 しかも憎いことに、カーズは一度胸を引いて、うまく剣の勢いを殺した状態で、胸を剣に押し当ててとめた。
 体をひねって剣先をかわし、刃筋をそらし、広い面積で、しかも革鎧の一番厚い部分で剣を受けたのだ。
 そこには、リンツ伯の頼みで仕留めた耳長狼の魔獣の毛皮の端切れが仕込んである。
 おそらくカーズにはほとんどダメージはない。
 要するに、シャンティリオンの技を見極めるのはもうじゅうぶんだと判断して、試合を終わらせたのだ。
 勝者であるシャンティリオンは、荒い息をつきながら、髪を乱し、|呆然《ぼうぜん》とカーズを見送っている。

 にこりともせずにバルドのもとに帰ってきたカーズは、ジュルチャガに何事かを耳打ちした。




 3

 バルドの部屋にドリアテッサが訪ねて来た。
 その手にさや付きの剣が握られている。
 あまり上等な剣にはみえない。

「カーズ殿。
 ご用と聞いた」

 どうもカーズが呼びつけたようだ。
 カーズは珍しく、口を開いた。

「シャンティリオンはバランスの取れた攻防を行う剣士で、これといった弱点がない。
 だが、奥の手の三連続攻撃を行うとき、隙ができる。
 ここだ」

 カーズがジュルチャガの右胸を指した。
 胸の筋肉の端、ほとんど脇に近い位置だ。

「ここを突きで打ち抜け。
 ただし踏み込みはせずに、体重の移動だけで技を繰り出すのだ」

 むちゃを言うにもほどがある、というものだ。
 まず、奥の手を出すほどにシャンティリオンを追い詰めなければならない。
 そのうえ、反撃可能な位置であの三連撃を防御して、なおかつ同時に攻撃せよとは。
 だいいち、踏み込みをしないでどうして威力のある突きが放てよう。

 カーズは、真ちゅうの水桶を机の上に置いた。
 飾りのついた分厚い平桶である。
 水は入っていない。
 そして、ドリアテッサから剣を受け取って抜いた。
 練習剣だ。
 剣の刃も剣先もつぶしてある。
 その切っ先を水桶に押し当て、ほんの少し腰を落として突きの態勢を取った。

「腰の動きに注目するのだ。
 |丹田《たんでん》にためた鋭気を腰の回転によって膨れ上がらせ剣に送り込めば、おのずと突きになる」

 カーズが息を吸い、心気を錬っているのが感じられる。
 と、熱気のようなものが稲妻のごとく腰の左から右に走った。
 そのときすでに、剣先は水桶を貫いていた。








************************************************
1月28日「総合部門戦(前編)」に続く

1017_524
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の言葉を繰り返すだけになる。

実を言うと、源次郎はこの言葉が苦手だった。
「任されたんだから???」と喜ぶ人もいるらしいが、源次郎はそうは受け取れなかった。
「お前の責任で???」と重荷を背負わされるイメージがあったからだ。
性格の違いと言ってしまえばそれまでだが、少なくとも、源次郎はその言葉を肯定的に受け取れるタイプではなかった。

事実、今、目の前にある仮契約書でも、美由紀からは「源ちゃんに任せるから、好きなようにして???」と言われていたのだ。
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な性格であれば、昨日の時点でこれにサインをしていただろう。
「慎重に???」「一応は、美由紀さんに確認して???」と二の足を踏むことも無かっただろう。
ボールペンを持つところまでは行っていたのだから。

それでも、源次郎自身は、昨日、この契約書にサインをしなかったことを悔いてはいない。
それが自分も持ち味だし、特性だとの自覚があったからでもある。
そう、どちらかと言えば、「石橋を叩いて渡る」口である。


「ただ???。」
笠野がそう言葉を繋いでくる。

「ん? ただ?」
源次郎が笠野を睨むように見る。

「こうした形態は、あくまでも美由紀嬢が例外だということはご理解いただきたいのでして???。」
「例外?」
「はい、こう言ってはなんですが???、佐崎美由紀嬢だからこそ、こうした内容でご提案させていただくわけでして???。」
「他とは違うと?」
「もちろんでございます。ですから、正直、私自身も、生まれて初めてのことでして???。」
「ええっ! そ、そんな、お、大袈裟な???。」
源次郎は、それは言い過ぎだろうと思った。
如何に百戦錬磨の営業

1017_299
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仮に、そう感じていたとしてもだ。

(だったら???、どうして?)
源次郎の思考は堂々巡りをする。


そんなことを考えながらも、源次郎はシャワーを浴び始める。

最初は、湯の温度が低かった。
何とも生温かい。

(ああ???、美由紀さんが浴びていたんだからなぁ???。)
源次郎は、そう納得をする。

美由紀は、普段でも低温の風呂に入る。
どうやら、同じことがシャワーを浴びる場合でも言えるようだ。

で、源次郎は自分にとっての適温へと温度を調整する。
つまりは、熱くしていく。

適温なったと思えた時点で、それを頭から一気に被るようにする。
多少は乱暴なのだが、こうでもしないとなかなか目が覚めない。
身体が起きてこない。

頭からシャワーを浴びたからと言って、別に朝からシャンプーをするつもりはない。
現代でこそ「朝シャン」という言葉が生まれるほどにごく普通に行われることだが、昭和40年代では、それこそ朝から石鹸やシャンプーの匂いをさグッチ バッグ 激安
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せるのは恥ずかしいことだという風潮があったのだ。
つまりは、女の所に泊まったと自己申告をしていると受け止められていた。
男たるもの、そんなに脇が甘くってどうするという考え方だった。

だからでもあるのだろう。
源次郎は、純粋に目を覚ますためだけに、朝、シャワーを頭から浴びていた。

普段なら、頭もそうだが、身体も朝から洗ったりはしない。
少し熱めの湯を頭と身体に浴びることだけで済ませていた。
だが???。

(美由紀さん???、ちゃんと洗えって言ってたよなぁ???。)
源次郎は、シャワーの湯を止めないで、その言葉を思い出している。


(つづく)





第2話 

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興味深い傾向があると付け加えた。

キャロラインカルバンは スキニーとストレートジーンズを着用する方法についてはスキニーな情報:

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第十七話 棺桶その八

「アジビラだ。それ以外の何者でもない」
「じゃからわしはあの漫画はまともには読まん」
 博士もまた軽蔑した声で言うのだった。
「とても読むに値せん」
「その通りだ。それで博士」
「うむ」
 ここで話が元に戻った。
「その羊羹」
「そうそう、これじゃな」
 話がやっと元に戻ったのだった。
「この羊羹じゃな。美味いぞ」
「そんなにか」
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「しかも安い」
 そこにこれまでつくのだった。
「早速食べてくれ。早速な」
「わかった。それでは」
「はい、どうぞ」
「お茶も」
 立ったままの牧村に対して周りの妖怪達が皿に入れられ爪楊枝まで添えられている二切れの羊羹とお茶を差し出してきた。お茶は普通の玄米茶である。
「食べて食べて」
「僕達が食べても本当に美味しいからね」
「妖怪が食べてもか」
「何言ってんだよ」
 彼等は牧村の今の言葉にすぐに反応してきた。
「僕達こそは真のグルメだよ」
「違いがわかるんだよ、違いが」
「そこが想像できない」
 これまで付き合ってきても今だに、であった。
「妖怪が人間の食べ物の味がわかることがな」gucci 店舗
「いやいや、わしにしろだ」
 赤鬼が笑いながら彼に言ってきた。その頭の角が今にも天井に届きそうな位大きい。しかしその顔はいかついながらも実に愛嬌があり屈託のない笑みを浮かべている。
「豆腐も葡萄も大好きじゃ」
「鬼の好物か」
「左様、それに酒じゃ」
 鬼といえばやはりこれである。
「酒ものう。大好きじゃぞ」
「そうしたものの味もわかるのだな」
「わかるから好きなのじゃ」
 まさにその通りの言葉であった。
「豆腐についてもな」
「では味覚は人間と変わらないのか」
「そうだと思うよ」
 今度は河童がにこにこと笑って彼に答えてきた。
「僕はやっぱり胡瓜じゃない」
「ああ」
 河童といえばである。まさに。
「人間も胡瓜大好きだよね」
「そうだな。中にはそうではない奴もいるが」
「それと同じだよ。僕魚だって食べるしね」
「それもか」
「焼いた魚だって食べるよ」
 実際に岩魚を焼いて食べていると河童に取られたという話もある。真かどうかは不明であるが。
「もうそれこそね」
「ではやはり味覚は」
「そうじゃ。まあ同じじゃよ」
 ここで博士が言ってきた。
「妖怪によるがな」
「妖怪によるがか」
「猿だとあれだったな」 
 牧村は羊羹を手に取ってそれを食べながらまた述べてきた。皿はとりあえずは博士の机の上に置いてもらいそうして今は羊羹を食べていた。左手で皿を持ち右手に爪楊枝を持ってそれに羊羹を刺してそのうえで口の中に入れてそうして少しずつ食べていた。口の中に羊羹のその程よい弾力のある固さと小豆の甘さが広がる。それは彼が思ったより美味かった。
「渋柿でも美味そうに食うな」
「まあ猿は猿じゃ」
 博士は猿についてはこう述べた。

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第一話 刻限その三

「おお、牧村君ではないか」
「暫く振りです」
 にこりともせずその小柄な老人に返事を返した。
「相変わらずのようですね」
「ははは、何も変わらんさ」
 老人はその髭だらけの顔を大きく崩して笑って彼の言葉に応えた。机の上の本はそのまま広げられている。古い紙であちこちが汚れたり破れている。書いてある言葉はそのまま手書きでありしかもどう見ても日本語ではない為彼、牧村にはわからないものであった。
「わしは今こうして本を読んでいるしな」
「ウィーンから取り寄せた本ですね」
「その通りじゃよ」
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 彼は答えた。
「先日荷物があったじゃろう。大和田源太郎名義でな」
「ああ、この建物への届け物で」
「それじゃよ。わざわざ取り寄せたのじゃ」
「そうだったのですか」
「手に入れるのに苦労した」
 この老人大和田教授は感慨を込めた言葉で述べたのだった。
「何しろハプスブルク家の秘蔵品だったものじゃからのう」
「ハプスブルク家の!?」
「ほれ、あのルドルフ二世」
 ここで人名が出て来た。
「あの皇帝が持っていた本でな」
「ルドルフ二世というと」
「あの世紀の奇人じゃよ」
 教授はその破顔した笑みで彼に述べた。
「世俗を避け様々な珍品を取り寄せてな」
「話には聞いたことがあります」エルメス ビジネスバッグ
 ここでようやく部屋の扉を閉めた。立ったまま教授と向かい合って話をすることになった。
「それにより彼の宮殿は秘蔵品の宝庫となったそうですね」
「如何にも。この本もまたそのうちの一つじゃ」
「そうでしたか」
「これがかなり面白くてのう」
「面白いですか」
「そうじゃ。読んでみるか?」
「いえ」
 牧村はそれは断ったのだった。やんわりとだがはっきりとした声だった。
「それは遠慮させて頂きます」
「何じゃ、残念じゃな」
「ドイツ語は読めませんので」
「これはラテン語じゃよ」
 教授は笑って牧村に言葉を返した。
「まあかなり古いがな」
「ラテン語ですか」
「昔の欧州の本は大抵そうじゃ」
 笑いながらの言葉が続く。
「マルティン=ルターまで聖書もドイツ語では書かれなかった。それはこれ以前の本じゃな」
「ルター以前ですか」
「おそらくは十五世紀位かのう」
 その皺が多いだろうが髪と髭により見えなくなっている首を捻ってから述べた。
「その頃の本じゃ」
「だから手書きですか」
「そうじゃ。まあこの日本で解読できる人間はそうはおらんな」
 教授はさらに首を捻りつつまた述べた。開かれているページには虫食いすらある。紙にしろ今俗に使われている紙とは全く違うものであるのがわかる。
「わし位じゃな」
「そうなのですか」
「しかし。本当に面白いことがわかる」
 本を見つつの言葉だった。
「何かとのう。そういうことか」
「何が書いてあるのですか?」
「そのうちわかるかもな」
 今の牧村の問いには答えなかった。
「わからぬかも知れぬ。それ以前に君には関係ないことかも知れんぞ」
「俺には関係ない」
「おそらく関係はない」
 これまた実に突き放した言葉だった。
「だから気にしなくてもいいぞ」
「そうですか。それじゃあ俺は」
「どうするのじゃ?」
「ちょっと本を借りに来ました」
 彼は答えた。
「ここに江戸時代の仙台の民族伝承に関する本があったと記憶していますので」
「ああ、それか」
 教授にも思い当たりのある話のようだった。彼の言葉に頷いてみせていた。
「あの本じゃな」
「何処にありますか」
「確か奥から二番目の右側の書斎の上から二列目の左端じゃ」
「そこですね」
「うむ、そこにある」
 確かな言葉での返答だった。

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第十八話 道三の最期その十

 櫓は完全に炎に包まれ全てを焼き尽くした。巨大な炎の柱となったのだった。
「大殿、お見事でした」
「では我等もです」
「お供します」
 残った者達もそれぞれ敵の中に切り込み腹を切りだった。一人残らず果ててしまった。美濃での父子の戦いは紅蓮の中に幕を閉じたのであった。
 道三の首は見つからなかった。亡骸もだ。櫓は完全に燃え落ち後には消し炭だけが残った。義龍は戦いの後でその燃え落ちた後を見ながら言うのだった。
「あれが父上の墓だったか」
「はい、大殿はあの櫓の中で腹を切られました」
「多くの者がその目で見ております」
「そうか」
 それを聞いてだ。義龍は深く考える顔になった。そのうえでこう言うのだった。
「では。弔うとしよう」
「そうされますか」
「ここは」
「首を見ればそうはしなかった」
 その場合はというのである。
「だが、だ。何一つ残さずではだ」
「お気持ちが変わられましたか」
「それで」
「そうだ、それではもうよい」
 何処か長年のわだかまりが消えたような。そうした顔であった。
「弔うのだ。この戦で死んだ全ての者もだ」
「そうされよと」
「敵味方関係なく」
「どの者も見事に戦った」
 このことは義龍もよくわかった。実際にその場にいたからだ。
「さすればだ。どの者もだ」
「弔うべきだと」
「そう仰いますか」
「そうせよ。よいな」
「はっ、それでは」
「後の始末が済み次第すぐに」
「そうします」
 家臣達も応える。こうして道三を弔うことも決まったのだった。
 この戦の顛末は斥候や密偵達によって知られていた。そうしてすぐに進撃する信長の下に伝えられたのであった。
 信長はそれを聞いてだ。まずは瞑目した。それからだった。
「で、あるか」
 まずはこう言ったのであった。
 そしてだった。ここで可児が出て来て彼に言うのであった。
「実は」
「義父殿か」
「はい、こうなった時にお渡しするつもりだったものです」
 こう言ってだった。信長にあるものを差し出してきた。それは。
「文じゃな」
「大殿からのものです」
 それだというのである。
「読まれますか」
「無論な」
 当然だと。こう返す信長だった。
「そうさせてもらう」
「わかりました。それでは」
 こうして可児から文を受け取り読みだす。そこに書いてあったことは。
「ふむ」
「して殿」
「何と書いてありますか」
「蝮殿の文は」
「美濃をわしに譲るとある」
 読んだことをそのままだ。家臣達に答えたのである。
「そうな。書いてある」
「美濃をですか」
「殿に譲られるとは」
「何と」
「帰蝶の婿にあるわしにじゃ」
 血縁としてはそこからであった。
「是非譲るとある。それに」
「それに」
「それにといいますと」
「まだ何かありますか」
「わしにはその器量があるという」
 最も重要なのはだ。それだとだ。文に書いてあったのである。

N7632B-787
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カカの天下787「テキ」

 こんにちは、トメです。もうすっかり夏休みですね。にも関わらず学校へ行ってしまったバカもいますけどぶはははチョーウケる! コホン。いかんいかん、僕はこんなキャラじゃない。

 ともかくウチのカカも夏休みですよ。それが理由かはわかりませんが、最近カカに一つのブームができました。

 それはとある口癖です。そう、例えば……

「ねーねートメ兄。はやく夕飯的なもの作ってよ」

「なんだよそれ。夕飯を作ればいいのか? それとも夕飯っぽい何かを作ればいいのか?」

 ○○的な。これである。

「じゃ夕飯っぽい何かで」
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「マジか」

 というわけで、まず夕飯を作る。とんかつとサラダ。それに味噌汁だ。

 次に、近くにあったティッシュをいくつかくしゃくしゃに丸めて、茶碗に詰めてみた。白いしふんわりだし。ご飯的なものの完成だ。

 さらに千切って細かく丸めたティッシュをサラダに振りかけてみる。サラダの一部的な感じになった。

「よし、できたぞカカ。夕飯的なもの」

「おー、どれどれ?」

「食べれそうで食べれなさそうに仕上げました」

「ティッシュを無駄遣いするんじゃありません!」

 こいつ殴りたい。

「ちゃんと食べられる程度にボケたんだからな。ティッシュさえ取れば元通りになるんだから。ちゃんと夕飯的な何かだったろ?」

「ビフテキ!」
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「今日はとんかつだっつの」

 すかさずツッコんだのが気にくわなかったのか、カカは茶碗に詰まっていたティッシュを掴んで僕へと投げつけてきた。

「射的!!」

「テキをつければなんでもいいんか。とにかく、おとなしく席についてなさい!」

 僕の厳しい口調がムカついたのか、カカは荒々しくこちらへ向かって指差し、こう宣言した。

「敵だ!」

「じゃあ食うな」

「あ、ごめん! ほんとごめん!!」

 まったく、困ったものだ。



 次の日。サエちゃんとサユカちゃんが遊びに来ても、カカはまだ口癖を使っていた。

「ねね、トメ兄。洗濯バサミ的なものってある?」

「洗濯バサミがほしいのか。それとも洗濯バサミのようで実は大いなる何かがほしいのか。どっちだ」

「トメお兄さん、いつもツッコミご苦労様ですー」

「いい加減にトメさんもスルーすればいいのに。カカすけったら先週からずっと言ってるんですよっ」

「や、カカの口癖を直したら僕の勝ち、みたいな競争心がいつの間にか生まれていてだな?」 

 でもなかなか直らないから腹いせに、ご要望の洗濯バサミでカカの鼻を摘まんでやった。

「ふごぁっ!?」

 とても女の子らしくない悲鳴をありがとう。

「ふごぁ! ふごぁ!」

 やっておいてなんだが、もうちょっと可愛く痛がれ。

「あーはいはいっ! わたしが取ってあげるからジッとしてなさいカカすけ。ほっ」

 バチーン!!

「ったぁぁぁぁ! 痛い的っていうか痛い! もんのすごく!」

「ごご、ごめんなさいっ! つい手が滑って一番痛い取り方をっ!」

 皆さん、わかりますよね? 大体の人が経験したことあるはず。挟んだ力を緩めないまま勢い良く引っ張ったときに感じるあの痛み。見るだけでも痛い。でも僕は特に何をするでもなく、お茶をすすりながら子供たちの見守りモードに入った。

「サユカンこのやろー!」

「わ、わざとじゃないわよっ!」

「じゃあわざと的にやったのか!」

「頷けばいいのか否定すればいいのかどっちなのそれっ!?」

 ケンカ勃発かと思われた二人だったが、サエちゃんの一言がそれを抑えた。

「まーまーカカちゃん。お鼻が真っ赤になってて可愛いよー?」

「へ、そう? サエちゃんが言うならそれでいいや」

 あんだけ痛そうな音させたわりにはあっさりしているカカである。

「んじゃサエちゃんも鼻を赤くして可愛くなってみようか」

 そして予想を上回る返しを即行でやるのもカカらしい。バチーン!!

「……ぃ……! ぃ……! ぃー!!」

 よほど痛かったのか、サエちゃんはか細すぎる悲鳴をあげながらその場に蹲ってしまった。両手の平で顔を覆って、まさか泣いたか?

「は! 私はなんてことを!」

 カカは自分の過ちにようやく気づいた。

「サエちゃん大丈夫? 大丈夫!? ごめんね、ごめんね、私としたことが嫁に家庭内暴力を振るうなんて……ほら、顔をあげて。大丈夫? わ、鼻が真っ赤。可愛い、可愛いすぎるよサエちゃん! 写メ撮っていい?」

 訂正。あんまり過ちに気づいてないっぽい。

「……ぃー……!」

 サエちゃんはまだ声を出せないらしい。 

「まったくもう、何してるんだか……」

 呆れかえったサユカちゃんに、カカの視線がロックオン。

「じゃあ次は順番的にサユカンがバチーンする流れだよね」

「どういう流れよっ! 君がサエすけに謝ってめでたしめでたし、でいいじゃないっ!」

「元はといえばサユカンのせいだ! 痛い的な目にあわせてやる」

 洗濯バサミを持ってサユカちゃんに襲い掛かるカカ! 

「きゃっ!」

 驚きつつもカカの魔の手を受け止め、顔に迫る洗濯バサミをガードするサユカちゃん。

「ぐ……! い、痛い的な目って、ど、どんな目よっ」

「痛いけど気持ちいいって言うのだ!」

 そろそろ教育上よろしくない方向になってきた。止めるかな。

「おい、やめろおまえら」

「と、トメさんにされたら気持ちいいかもっ」

 勘弁してください。

「だってさ、トメ兄! さぁ!」

 さぁじゃねぇよ。本当に勘弁しろよ。



 ――結局、サユカちゃんが逃げ切る形で洗濯バサミ戦争は終わった。サエちゃんは未だに蹲って「ぃー」って言ってる。もしかしたらイイのか? まさかな。『痛い』の『い』だ、間違いなく。

「それでカカ、洗濯バサミは何に使うつもりだったんだ?」

「手芸部的なこと」

 おお、初めてこいつの口癖が的確な表現をした。こいつらのやることって、いっつも手芸部っぽい何かなんだよなぁ。

「ところでサエちゃんがずっと俯いたままなんだけど、放っておいていいのか?」

「そだね。おーいサエちゃん、そろそろ泣きまね的なことやめなよ」

「バレたかー」

 泣きまねだったの!?

「せっかくコレを理由に脅して変なことしてもらおうと思ってたのにー」

 しかも何か黒いこと考えてたらしい。たしかに泣きまねっぽい何かだ。

「あ、姉的な生き物が外を歩いてる」

 的確だ! 姉のようでそうじゃない、大いなる変な生物! これ以上に正しい用法はない。負けだ、僕の負けだ。『的な』という言葉がここまで正しい以上、僕はもうこの口癖を直させようなんて思えない。

 そんな激しくどうでもいい一日が、今日も過ぎていく。

 なんかバチーンとした音と共に。

「あ、トイレ」

「僕も」

「私もだー」

「わたしもっ!」

 あれ。そういや今日って他に何かあったような。なんだっけ。忘れちゃった。



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 この話、最後に何があったのか……ていうか誰が来たのか皆さんならおわかりですねっていうか誰でもわかるか。

 いやしかし、またえらく更新遅れたもんで申し訳ないです。

 最近一回身体を横にしたら動けなくなっちゃうんですよぉ。休んだら書こうと思ってもつい寝てしまい……
 なるべく頑張りますが、お盆を越えるまでは仕事がべらぼうに忙しいので不定期に拍車がかかるかもしれませんが、ご容赦いただけると嬉しいです……的な。

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